「塗ってある鉄」と「塗っていない鉄」の決定的差

現場が語る真実

株式会社SeaChallengeは、2002年の創業以来、港湾インフラの安全を見守り続けてきました。現在では『ROV(水中ドローン)×潜水士×3D技術』を融合し、海・空・陸のあらゆる視点から 港湾インフラの安全を見守り続けています。

 

私たちが日々点検する桟橋や岸壁など、巨大な構造物の多くは「鉄」で作られています。強靭でインフラ構築に欠かせない材料ですが、そんな鉄にとって「海」は、容赦なく寿命を削り取る過酷な環境に他なりません。

錆び
(※イメージ)

今回は、私たちが現場調査で目の当たりにした「ある衝撃的な対比」を通じて、インフラを守る「防食」の重要性をお伝えします。

鉄の宿命と、海という過酷な環境

海の中や波打ち際で、鉄はなぜこれほどまでに錆びるのでしょうか。

鉄はもともと自然界において「鉄鉱石(酸化鉄)」という、酸素と結びついた非常に安定した状態で存在しています。私たちがインフラの材料として使っている鉄は、工場で莫大な熱エネルギーを加え、酸素を強制的に引き剥がして「純粋な鉄」にしたものです。そのため、人工的に作られた鉄は、常に「元の安定した酸化鉄(錆)に戻りたい」という強い性質を帯びています。

 

そこに立ちはだかるのが、海水という存在です。海水には多量の塩分が含まれており、電気を通しやすい「電解質」としての性質を持っています。さらに波や潮の満ち引きにより、鉄の表面には絶えず水と酸素が供給され続けます。この「塩水」と「酸素」の組み合わせは、鉄が電子を失って酸化し、錆へと還っていくための最高の(鉄にとっては最悪の)条件なのです。

錆びの仕組み
(※イメージ)

国土交通省の技術基準等においても、無防食(何も対策をしていない)の鋼材が海水の飛沫を浴びる環境(飛沫帯)に置かれた場合、片面だけで年間およそ0.3mmの速さで腐食が進行するとされています。もしこれが30年続けば、片面だけでも約9ミリもの鉄が失われる計算になります。

 

建設当初はどれほど分厚く強靭な鋼材であっても、いずれは紙のように薄く脆くなり、構造物を支えきれずに崩れ落ちてしまいます。

同じ海でも、鉄の状態は大きく変わる

港湾施設では、鉄を海水や潮風から守るために「防食」という技術が使われています。例えば、同じ港に設置された鉄製の構造物でも、防食処理を施した鉄と、何も処理をしていない鉄では、時間の経過とともに大きな違いが生まれます。

 

防食処理は、被覆防食(塗装など) によって鉄の表面を覆い、海水や酸素が鉄に直接触れるのを防ぎます。 一方、防食処理をしていない鉄は、海水に含まれる塩分や酸素、水分の影響を直接受けるため、少しずつ錆が進行していきます。

AIによる予想図
(※イメージ)

最初は表面にわずかな赤錆が現れるだけでも、時間が経つにつれて錆が厚くなり、鉄の表面が凸凹になったり、錆の剥離が起きたりします。さらに腐食が進行すると、鉄そのものの厚みが徐々に失われ、構造物の強度にも影響を及ぼす可能性があります。

 

しかし、防食処理が適切に維持されていれば、海水や酸素が鉄に触れることを抑え、鉄が錆びる速度を大幅に遅らせることができます。つまり、「同じ海にある鉄」でも、「防食をしているか、していないか」によって、長い年月の後には大きな違いが生まれるのです。

 

これは、防食技術が単に『錆を防いで綺麗に見せるため』 のものではなく、鉄の厚みを守り、構造物の安全性や長寿命化につなげるための重要な技術であることを示しています。

防食(塗装・電気防食)のメカニズム

この決定的な差を生み出している「防食」とは、具体的にどのようなメカニズムで鉄を守っているのでしょうか。海洋インフラを守る主要な防食技術には、大きく分けて「塗装」と「電気防食」の2つが存在します。

塗装(バリアによる物理的な保護)

一般のご家庭で使うようなペンキとは根本的に異なります。海洋構造物には「重防食塗装」と呼ばれる、極めて耐久性と遮断性の高い特殊な塗料が何層にもわたって塗り重ねられます。

これにより、鉄の表面を分厚い樹脂の膜で完全に覆い隠し、錆の原因となる「海水」と「酸素」を物理的に遮断します。言わば、鉄に高性能なオーダーメイドのウェットスーツを着せているような状態です。波の飛沫を直接浴びる「飛沫帯」や、潮の満ち引きで海水に浸かったり空気中に出たりを繰り返す「干満帯」において、特に絶大な効果を発揮します。

電気防食(身代わりによる化学的な保護)

海中深くや海底の土の中など、後から塗装を塗り直すメンテナンスが極めて難しい場所で活躍するのが「電気防食」です。鉄が錆びる(酸化する)とき、化学的には鉄から「電子」が奪われています。ならば、奪われる分だけ外部から強制的に「電子」を補充してやれば、鉄は錆びることができません。

 

具体的には、鉄よりも錆びやすい(イオン化傾向の大きい)アルミニウムや亜鉛などの金属を、意図的に鉄の表面に取り付けます。すると、海水という電解質を通じて、アルミニウムが鉄の代わりに優先して溶け出し(電子を放出し)、鉄を守ってくれます。自分自身の身を削って鉄を守るため、これを「流電陽極(犠牲陽極)方式」と呼びます。

 

平均干潮面より下の海中部分は『電気防食』で化学的に守り、それより上の干満帯・飛沫帯は『被覆防食』で物理的に守るという 、適材適所の技術の組み合わせによって、美しい状態を保っているのです。

防食のメカニズム
防食のメカニズム

防食の「真の価値」とライフサイクルコスト

無防食のまま放置すれば、鉄は必ずボロボロに朽ちていきます。もし鋼矢板が腐食して穴が開けば、そこから背後の土砂が海へと流出し、陸上の地盤沈下や大規模な陥没事故を引き起こします。もし支持杭が腐食して折れれば、桟橋そのものが海へ崩落し、人命に関わる大惨事になりかねません。

目立たないサビ

そうなってから施設を根本的に作り直す(あるいは大規模な補強工事を行う)となれば、莫大な費用と長い工期が必要になります。さらに、その間は港が使えなくなるため、物流が滞り、計り知れない経済的損失が発生します。

 

確かに、防食処理を施すには初期費用がかかります。重防食塗装や電気防食の設置は決して安価ではありません。しかし、数十年のスパン(ライフサイクル)で見ればどうでしょうか。

 

適切な防食処理を施し、定期的に点検とメンテナンスを行うことで、施設の寿命は数十年単位で飛躍的に延びます。致命的な損傷を未然に防ぎ、結果として構造物の生涯にかかるトータルコスト(ライフサイクルコスト:LCC)を劇的に安く抑えることができるのです。

 

防食の「真の価値」は、単なる見た目の美しさではありません。私たちの生活や経済活動を支える社会インフラを、長期的に安全かつ経済的に維持し続けるという「見えない安心」を担保することに他ならないのです。

次世代へインフラを引き継ぐための「これからの維持管理」

どれほど優れた重防食塗装も、どれほど強力な電気防食も、永遠に機能し続ける魔法ではありません。長年の波の衝撃や漂流物の衝突によって塗膜が傷ついて剥がれることもありますし、身代わりとなって溶け続ける陽極(アルミニウム等)も、設計した年数(港湾ではおおむね30年前後)で溶け切るように、あらかじめ大きさが決められています。 

 

だからこそ、「現在の防食機能がしっかりと効いているか」を定期的に確認し、限界を迎える前に適切な補修を行う必要があります。

現場イメージ
(※イメージ)

私たち株式会社SeaChallengeは、長年培ってきた潜水士の技術に加え、高解像度カメラを搭載したROV(水中ドローン)による非接触の効率的な調査、空中ドローンによる俯瞰的な点検、さらには取得したデータを水中フォトグラメトリで3Dモデル化し、経年変化をミリ単位で定量的に把握しています。

「人にしかできない細やかな確認」と「ロボットやIT技術による高精度で安全なデータ取得」。この両輪を回すことで、陸上からは決して見えない「海の中の真実」を正確に把握し、お客様へ最適な維持管理のタイミングをご提案しています。

 

同じ海、同じ年数を経た「2つの鉄」の決定的な対比。

 

この事実と防食の重要性を胸に刻み、私たちは今日も最新の機材と共に海へと向かいます。すべては、かけがえのない港湾インフラを、安全なまま次世代へと引き継いでいくために。

【参考文献】

参考サイト:国土交通省「港湾の施設の技術上の基準・同解説」関連ページ

 

サイトアドレス:https://www.mlit.go.jp/kowan/kowan_fr5_000035.html  (国土交通省 港湾局)

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依田和明
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