eDNA調査が変える海洋生態系調査
海を見つめていると、不思議に思うことがあります。
・この海には、どんな魚が暮らしているのだろう。
・ウミガメはいるのだろうか。
・希少な生き物たちは、今もこの海で生きているのだろうか。

しかし海の中は広大です。目で見える範囲には限界があります。
海の生き物たちの多くは、水面下で静かに暮らしています。そのため、海中で何が起きているのかを正確に知ることは、決して簡単なことではありません。
そんな中、近年大きな注目を集めているのが〇△eDNA調査(例=環境eDNA調査)」です。この技術は、生き物を捕まえることなく、その海にどのような生き物がいるのかを調べることができます。わずかな海水の中に残されたDNAの痕跡から、生き物たちの存在を読み解く技術です。

まるで海が残した「指紋」を読み取るような調査方法として、世界中で研究活用が進んでいます。今回は、eDNA調査の基本的な仕組みや特徴についてご紹介します。
eDNA調査とは何か?
eDNAとは「Environmental DNA」の略で、日本語では「環境DNA」と呼ばれています。環境DNAとは、生き物が環境中に残したDNAのことです。
魚や貝、ウミガメ、クジラなどの生き物は、生きているだけで少しずつDNAを周囲に放出しています。
魚のうろこ、体表の粘液、排泄物、そして剥がれ落ちた細胞。こうしたものにはDNAが含まれています。

人間が現場に残した指紋から個人を特定できるように、海の中に残されたDNAを解析することで、その場所にどのような生き物が存在しているのかを知ることができます。つまり、海水を調べることで、その海に暮らす生き物たちの痕跡を知ることができるのです。これがeDNA調査の基本的な考え方です。
なぜ今、eDNA調査が注目されているのか
海洋生物の調査は昔から行われてきました。
従来の調査では、網を引いて魚を捕獲したり、トラップを設置したり、ダイバーが潜水して観察したりする方法が一般的でした。これらの方法は今でも重要な調査手法です。
しかし、いくつかの課題もあり、調査には多くの時間や人員が必要です。また、生き物を捕獲することが前提となるため、希少種や保護対象種に負担を与えてしまう場合もあります。さらに、広い海域を調査するためには大きなコストも必要になります。

その点、eDNA調査は海水を採取して分析するだけです。生き物を直接捕まえる必要がありません。そのため、生態系への影響を抑えながら調査できることが大きな特徴です。近年では、生物多様性の保全が世界的な課題となっています。

2050年カーボンニュートラルの実現や、2030年までに自然環境を回復させる「ネイチャーポジティブ」の考え方も広がっています。こうした社会の変化の中で、環境への負荷を抑えながら生態系を把握できるeDNA調査は、ますます重要な技術として期待されています。
eDNA調査はどのように行われるのか
eDNA調査は高度な科学技術ですが、調査の流れは意外なほどシンプルです。
1. 海水を採取する
まず調査したい場所で海水を採取します。採水装置や専用ボトルを使用する場合もありますが、基本的な作業は海水を採取することです。一見すると、ただの海水です。しかし、その中には多くの生き物たちの痕跡が含まれています。
2. DNAを抽出する
採取した海水を特殊なフィルターに通します。すると、水中を漂う微細な有機物がフィルターに残ります。その有機物の中にDNAが含まれています。コーヒーをドリップするときにフィルターで豆をこし取る作業をイメージすると分かりやすいかもしれません。
3. DNAを解析する
抽出したDNAを専用の機器で分析します。そして、DNAデータベースと照合します。その結果…。

「マグロのDNAが検出された」「ウミガメのDNAが見つかった」
「希少魚種が生息している可能性がある」
といった情報を得ることができます。目に見えない情報を読み解くことで、海の中の様子を知ることができるのです。
eDNA調査がもたらす新しい可能性
eDNA調査の魅力は、一度の採水で多くの生物種を調査できる可能性があることです。従来の調査では、魚類、貝類、プランクトンなど、それぞれ異なる専門家や調査手法が必要でした。しかしeDNA調査では、一つの試料から幅広い生物情報を得られる可能性があります。これは調査効率の向上だけではありません。
これまで把握が難しかった生物の存在や、生態系全体の変化を捉えることにもつながります。海はさまざまな生き物が支え合うことで成り立っています。そのつながりを知ることは、海を守るための第一歩でもあります。
海を知ることは、海を守ること
私たちが日常で目にする海は、水面のほんの一部に過ぎません。その下には、多くの生き物たちの暮らしがあります。しかし、その変化は目に見えません。だからこそ、海を守るためには、まず海を知ることが大切です。eDNA調査は、これまで見えなかった海の姿を私たちに教えてくれる技術です。
生き物を傷つけることなく、生態系の状態を把握できるこの技術は、今後ますます重要な役割を担っていくでしょう。

~SeaChallengeの役割と願い~
SeaChallengeは、港湾や海洋インフラの維持管理調査を通じて、長年にわたり海と向き合ってきました。海洋インフラの安全を守ることも大切です。同時に、その海で暮らす生き物たちの環境を知り、未来へ残していくことも重要だと考えています。海の安全と海の豊かさは、本来切り離せるものではありません。私たちは潜水調査や水中ドローン調査、3Dモデル作成などを通じて、海の現状を分かりやすく可視化する取り組みを続けています。そして、eDNA調査のような新しい技術にも注目しながら、より良い海洋調査のあり方を追求しています。
海を知ることが、海を守ることにつながる。
その想いを胸に、私たちはこれからも未来の海へ貢献していきたいと考えています。

来週へ続く…
【第2回】「水を汲むだけ」で海が分かる
eDNA調査の可能性と課題、そして未来
eDNA調査のメリットと課題についてご紹介します。洋上風力発電や絶滅危惧種の保護など、実際の活用事例も交えながら分かりやすく解説します。 どうぞお楽しみに。
参考文献
- 環境省「生物多様性国家戦略」https://www.biodic.go.jp/
- 国連環境計画(UNEP)生物多様性関連資料
- 農林水産省・水産庁 水産資源調査関連資料
- 学術論文:eDNA関連査読論文(Journal of Applied Ecology 等)
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